山に思いを馳せる日

昨日購入した小説『神々の山嶺』を読み終えました。
この小説は三月十二日に岡田准一さん主演の映画が公開されます。
山岳小説に興味があり、映画の公開を知らず手に取った作品ですが、この小説は奥が深く、一気読みしてしまいました。

エベレストで帰らぬ人となったジョージ・マロリーの所持していたカメラというミステリー要素を取り入れつつ、所々実在した人物の逸話を盛り込んだフィクション作品ですが、人の根源をむき出しにした良作であると思います。
高山病に陥り、極寒の中に唯一人になった時の人間の思考回路がどうなるか。

それはその状況に身を置かない限りわかりませんが、この作品ではその部分が克明に描かれています。
極限状態と低酸素の中で人の脳が描くものは、欲望、後悔、諦念。
生をあきらめれば楽になるぞと囁きかけるは、かつて山で命を落とした仲間の幻覚。
その部分を客観的ではなく、主観的に取り入れており、人が一人狂い行く過程の重圧が、
小説や文字の括りの中から飛び出してきます。
まるで、読者もエベレストの山中に置き去りにされたように。

話は変わりますが、現代においてエベレスト登頂は大きな話題になりません。
人間が宇宙へ行く時代の中で埋もれてしまった地球ですが、その地球に、人類が未だ足を踏み入れたことの無い場所がまだ眠っています。
世界一の標高を誇るエベレストが、登山者で溢れかえる中で六千メートル級の未踏峰がある。
自分の立つ地面が、自分の見る景色が、他の誰も見たことのない唯一の景色だと思いながら、私は山に行ってみたい。
しかし、暇も無く、金も無い。
仕方なくベランダに出て、熱い紅茶を啜りつつ、霞がかった山をエベレストに見立てる。
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